5年の乳がん治療を経て、現在は「乳がん体験者コーディネーター」として活動している janのHPです
いのち輝いて 乳がんと共に

私の選んだ道
手術前日-6月14日涙

今日はもうあまりすることもない。検査も手術のための準備もほとんど済ませていて、今日の予定は、毛剃りと入浴洗髪。
処置室で看護婦さんに腋から腕にかけての毛をシェーバーで剃ってもらう、そしてそのまま浴室へ向かう。
何も考えずに、ただ機械的に病院着を脱いで、タオルと石鹸を手に浴室へのドアを開ける。蛇口の前に座り、また機械的に体を洗い始める。
手だけが意志を持っているよう、石鹸を泡立て、タオルで体を洗っていく。
石鹸のにおいに包まれたとき、一瞬子供達の声が聞こえた気がした。
毎日、我が家では、私は下の娘と入浴する。それは私たちをしっかりと結びつける重要な時間でもある。
今日の出来事や、次の予定、学校でのようすや、たまにはお説教等、お風呂の中でしか話せないこともたくさんあるのだ。
でも今はいかにも病院のお風呂という感じのお風呂に一人入っている。そばには誰もいない。
ふと寂しさがこみ上げて、あわてて石鹸で顔を洗う。今度は念入りに髪を洗う。しばらくの間お風呂には入れなくなる。
でもたぶん、手術後の痛みに比べたら、お風呂に入れない辛さなんてどうってことないなぁなんて、一人思う。
今日は、婦長さんも病室にきてくださった。
「何かお困りのことはありませんか?」と、とても柔和な笑顔で聞いてくださる。
「特にはありませんが」と答えると、「病気以外のことではありませんか? どんなことでもいいのですよ」と重ねて聞いてくださる。
私はつい正直に「やはり家に残した子供達のことが、一番気がかりです」と答える。
「そうねぇ そうでしょうねぇ」とまっすぐにこちらを見て心からの相づちをうってくださる。
私は、婦長さんに、子供が15歳と9歳の娘であること、自分は専業主婦で、子供達が生まれて以来離れたことがないこと、上の娘の体調が良くないこと等をお話ししているうちに、突然、自分で自分の感情がコントロールできなくなり、思わず不覚にも涙がこぼれてしまった。

婦長さんは、まっすぐ顔を上げたまま静かに泣いている私に、「悲しいときにはお泣きになっていいのよ。私たちは何も解決してあげることはできませんが、ご一緒に泣いたり苦しみを分かち合えたりはできると思うのです。無理にご自分を作らずに、どうか一緒に泣きましょう」と気づかないほどの穏やかな動作で、私の手を取り、ご自身の両手に包んでくださる。

私は、ガンの告知を受けて覚悟を決めた日以来、できるかぎり明るく過ごしてきた。
家族の一人一人が、口に出せない辛い思いを耐えているのに、私が落ち込めば家族をもっと苦しめる、そう思うと、誰にも泣き顔は見せられなかったし、また母としてそうせずにはいられなかった。

しかし、今、私は、病室で婦長さんを見つめたまま静かに涙を流し続けている。
ただただ悲しくて、関を切ったように涙は止まらなかった。
私を見つめる婦長さんの目にも、見る間に涙の粒がふくらんでぽろりとこぼれた。
婦長さんが泣いてくださっている・・・私のために・・・暗闇の中に灯る明かりを見つけた気がした。
「いいじゃありませんか、誰だって辛いときは辛い、悲しいときは悲しい、もっとあるがままでもいいじゃありませんか?」そうおっしゃると、包み込んだ私の両手を、いっそう強く握られた。

ありがたかった。うれしかった。自分を叱咤激励して、ここまできたし、周りの人もがんばるんだと応援してくれた。
でも、いいんだ自分に正直にあるがままに、泣きたいときには泣いている自分を抱きしめて、辛いときには愚痴る自分を慰めて・・・・初めてそう思えた。

涙のまま、微笑んで私は自分を取り戻した。
さっきまでの悲しみは消え、心の中は心地よいあたたかな何かで満たされていた。

明日の手術の成功を祈ろう。


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